いすゞ自動車 + アビームコンサルティング + クアルトリクス
いすゞ自動車 + アビームコンサルティング + クアルトリクス
(本事例は2025年10月開催のQualtrics EX Conference 講演からの書き起こしとなります。)
課長層の“声”が映す組織のリアル 現場から始まる、いすゞの変革
なぜ今、中間管理職層なのか
いすゞ自動車におけるエンゲージメントサーベイの実施に当たっては、アビームコンサルティングが導入から結果の分析まで一連の取り組みを支援しました。同社の人的資本経営戦略ユニットでダイレクターを務める佐藤一樹氏は、中間管理職は経営層と一般社員をつなぐ重要な接点であり、この層はチーム全体のエンゲージメントにも大きな影響を与えると指摘します。
「ところが、これまで中間管理職層は比較的問題の少ない層と見なされ、エンゲージメント向上においては後回しにされがちでした」と佐藤氏は解説します。というのも、従業員エンゲージメントは一般的に、一般社員のスコアがもっとも低く、次いで中間管理職、経営層の順に高く出る傾向があります。そのため、まずはスコアが低い一般社員に対しての施策実施が優先され、中間管理職層の声は見逃されやすかったのです。
「そこで、今回は中間管理職にアプローチした事例として、いすゞ自動車の取り組みを紹介します」と佐藤氏。登壇したのは、いすゞ自動車 人事部門VPの武田修氏です。武田氏は約30年にわたり、電機、IT企業の国内外の拠点で人事の実務やHRBPに携わり、約5年前からいすゞ自動車で現職を務めています。
「自分たちは変わらなければ」という危機感
武田氏によれば、いすゞ自動車は近年売上を伸ばす一方、アメリカの関税問題や自動運転技術の発達など、業界として大きな変化に直面していました。「私たちはこれまで、ものづくり企業として『いいもの』を作ることを目標としてきました。ところがこれからは、『運ぶ』というシステム全体を創造するような姿勢が必要になってきたのです」
こうした環境のもとでは、求める人財は「組織風土に合う」から「イノベーションに挑戦する」へ、働き方は「改善・すり合わせ型」から「多様な専門性の組み合わせによる協業」へとシフトする必要があります。経営トップをはじめ、会社には「自分たちは変わらなければ」という危機感がありました。
変化に適切に対応し、かつ企業として成長していくために、いすゞ自動車では2024年、「個人の成長が会社の成長につながる」というサイクルの実現を目指し、「人的資本経営への進化」を宣言しました。また進化の具体的な目標として、「2030年までに従業員エンゲージメントの肯定的回答率70%」という数値を掲げました。
そして2024年春、まずは現状を把握するため、第1回のエンゲージメントサーベイを実施しました。
会社の課題は、課長層が知っている
初回のエンゲージメントサーベイの回答率は86%、エンゲージメントは47%という結果が出ました。回答率は比較的高かったものの、エンゲージメントは想定より低く、「なかなか渋いスタートでした」と武田氏は振り返ります。
その詳細を分析する中で見えてきたのが、「課長層の結果がよくない」ということでした。冒頭にアビームコンサルティングの佐藤氏が示したように、従業員エンゲージメントは一般的に、階層が上がるごとに右肩上がりに上昇していきます。ところがいすゞ自動車の場合、課長層の数値が上昇せず、平坦な状態でした。具体的な数字を見ると、課長層と部長層のあいだには21%の開きがありました。また業界平均と比較すると、いすゞ自動車の課長層は8割の設問で、エンゲージメントのスコアが日本製造業平均を下回っていました。
「このサーベイ結果と、我々が日ごろ押えていたアナログ情報を合わせると、会社のさまざまな問題がここに表出していると確認できました。こうした結果が出たとき『課長自身に問題がある』ととらえてはいけない。そうではなく、『組織の問題が課長層に表れている』ととらえるべきで、いすゞの場合は実際にそうでした」と武田氏は言います。いすゞ自動車では、課長層のエンゲージメントのスコアが低いという事実をまずは真摯に受け止め、その理由を探ることにしました。
「禁じ手」を使ってサーベイ結果を仮説検証
理由を分析するに当たり、いすゞ自動車では課長層が低スコアである理由の仮説を立て、それを検証することで課題を特定していくという方法を採用しました。
武田氏は、このプロセスについて次のように述べています。「仮説を考え、それらを絞り込んでいく作業に当たっては、アビームの皆さんに粘り強く壁打ちにお付き合いいただきました。アビームの方々に議論に入っていただいたのには明確な意図があります。それは、仮説の構築においては社内の独断的な議論に閉じることなく、あらゆる可能性をテーブルに乗せたうえで検討する必要があると考えたからです」
アビームコンサルティングを交えた議論を通じ、いすゞ自動車では課長層が抱えているであろう「7つの感情」を仮説的に掘り起こしました。①仕事の対価への不公平感、②経営戦略の非現実感、③仕事の生産性への不満感、④称賛・感謝への諦めの感情、⑤現場/現場課題の放置感、⑥経営理念・働き方の不納得感、⑦キャリア実現への不安感、の7つです。自身の仕事への称賛・感謝を期待していない、目の前の困りごとが対処されていない、こうした感情を課長たちは抱えていると推定したのです。
「そして、ここから先は自分たちの責任でこれを検証すべきであると考えました。そこで私たちは、この仮説の答え合わせをするという『禁じ手』ともいえる方法を使うことにしました」と武田氏は語ります。具体的には、人事部門の課長たちに、彼らの心理的安全性を十分確保したうえで、これら7つの感情が当てはまるかどうか、答え合わせをさせてほしいとお願いをしたのです。もともと利他の社風があるいすゞ自動車の課長たちは、それが会社の社員のためになるのであればと、応じてくれたといいます。
「そうやって答え合わせを始めたところ、7つの感情のうち6つまでが5割以上該当し、高発生率の課題の特定につながりました。自分たちが直観的に『これが問題かな』と思うことは、やはり実際に高確率で問題なのだと思います。ただ、それをきちんと数字で洗い出し、自分たちで確認することがいかに重要かを、この結果を見て痛感しました。協力してくれた課長たちにこの結果をフィードバックしたところ、『やっぱりそうですか』とみんな大笑いしていました」
現場の生の声が経営の心を動かした
武田氏らがサーベイの答え合わせという「禁じ手」に乗り出したきっかけは、経営トップから「サーベイ結果を数字で見せられてもわからない」と言われたことでした。問題があるなら直接課長たちに聞けばいいと言う経営トップと、直接聞かない前提で行うのがエンゲージメントサーベイだと説明する武田氏。押し問答の末、「じゃあ聞いてきます」と半ば売り言葉に買い言葉で始まったのが、一連の答え合わせの作業でした。
「ただ、ここが本当の意味で物事が動くことになるポイントでした」と武田氏は明かします。「実際に課長たちに話を聞いてみると、厳しい意見がたくさん出てきたのです。『経営理念には賛同するが腹落ちしない』『新しいことをやれ、ではなく、まずは目の前の業務を何とかしなければ』『称賛が欲しいとは思わないが、堅実な業務をやって当たり前と言われることには反発がある』などです。ここでは言えないような辛辣な意見も多々ありました」武田氏らは、そうした生の声をそのまま経営層に伝えました。要約すると手触り感が失われ、切迫感が伝わらないという経験をしていたからです。
その結果、事態は大きく進展しました。現場の生の声を経営トップが深刻にとらえ、経営会議で異例となる4回連続の議論につながったのです。翌月には、会社として現場の声に応えることを宣言。CHROから課長層へ、直接メッセージも発信しました。
「エンゲージメントサーベイで得た網羅的なデータ(量)と、対話で発掘した生の声(質)の両方を伝えたことで、経営層に手触り感を持って課題を共有することができました。振り返ると、ここが非常に重要だったと感じています」と武田氏は言います。
言いたいことが言える、組織の変化の兆し
2025年春、いすゞ自動車では2回目のエンゲージメントサーベイを実施しました。回答率は前回から9ポイント上昇し、驚きの95%に。エンゲージメントは+2ポイントの49%でした。
「エンゲージメントは小幅増に留まりましたが、実は、中身は大きく変わりました。課長層の結果を見ると、上司との対話や議論によってキャリア実現への不安感などに関するスコアが6~8ポイント改善しました。その一方で、経営陣のアクションの不透明感などのスコアが10ポイント以上下がったのです。会社が自分たちの話を聞いてくれるようになったという評価がある一方、伝えるべきことはもっときちんと伝えてほしいという課長たちの思いが、より厳しく数字に出ました」そこは反省点であるとしつつ、「言いたいことを言ってくれるようになった」と武田氏は前向きにとらえています。
「取り組みはまだ道半ばですが、やるべきことは明確です。それは、あらゆるところで感情を通わせることです」と武田氏。昨年、いすゞ自動車では経営陣と社員が対話するイベントをクアルトリクスとともに開催し、社内から大きな反響がありました。また各部門の中でも、課長たち、若手有志、マネジメントなどが起点となった新たな改革プロジェクトが生まれています。いすゞ自動車では、今後も「説得よりも共感」を大切に地道に取り組みを進め、エンゲージメントの向上につなげていきたいと考えています。
エンゲージメントサーベイは、結果を見るだけならただのデータだと武田氏は指摘します。「しかし、その裏にあるのは社員たちのハートの問題です。ですから、なぜこのような数値が出たのか、仮説検証という形でしっかり自分たちで悩むということが大切です。遠回りのようでも、足を使って実際に対話をすることで、私たちは社員自身の思いを発掘することができました。課長層はその名の通り『中間』の管理職です。会社と社員の両方の目線を持っています。彼らは会社の教師たる存在なのだということを、私たちは再認識できました」
アビームコンサルティングの佐藤氏は、「経営層や組織を動かすためには、正確なデータが必要なのは言うまでもありません。しかし、そうしたデータは現場の人々の中にこそあり、足を使って生の声を集める地道で継続的な取り組みが重要です」と述べます。
一連の流れをまとめると、まず、エンゲージメント結果を「見える化」し、現状を把握したうえで、優先課題を見極め、「選択と集中」による戦略を立案することが最も重要です。戦略実行の際には、組織構造を変えるだけでなく、組織と社員のマインドを両輪として働きかけること、さらに、効果測定と改善のサイクルを継続することで施策の形骸化を防ぎ、取り組みについて発信することで、採用市場での企業ブランド強化にもつなげることができます。エンゲージメント向上は一過性の施策ではなく、継続的な対話のプロセスです。アビームコンサルティングは、こうした一連の取り組みを伴走型で支援しています。
今回のいすゞ自動車の事例は、中間管理職が現場と経営をつなぎ、持続的成長とエンゲージメント向上の鍵を握ることを示しました。